寺山修司全歌集

寺山修司全歌集

2024-03-21 2024-03-21

購入

寺山修司 「寺山修司全歌集」 講談社

故郷とは単に、”生れた”土地を意味するものではない。ロートレアモンの故郷が、モンテ・ヴィデオとパリのいづれをさすのか、私は断言を憚る。ゴーギャンの故郷はタヒチだと曲言し、マンの生地はヴェニスと偽証するのも一つの真実なのである。寺山修司の反語的記録に徴しても、彼の故郷が田園、あるひは日本、もしくは韻文、定型、その呪文性を指すことは自明である。1

寺山修司との出会い

はじめてかっこいいと思った短歌は、寺山修司の

マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや

だった気がする。そのときは、短歌といえば国語の教科書に載るような作品ぐらいしか知らなかったので印象に残ったのだろう。

寺山の短歌をあらためて読むようになったのは、自分が短歌を実作するようになってからだった。
短歌をつくるときはだいたい講談社学術文庫の「寺山修司全歌集」がソファーとか机の上に転がっていて、ことあるごとに読み返した。

故郷の呪い

わが息もて花粉どこまでとばすとも青森県を越ゆる由なし2

わたしが特に愛誦したのが「田園に死す」だ。彼の第三歌集であり、同名の映画もよく知られている3

この歌集は、故郷への愛憎にいろどられている。
繰り返し登場するのは、地獄、血の赤、死なざる母、蝶の屍、はりつく家紋、などのいとわしいイメージだ。それでいて露悪的ではなくて、なつかしいような印象もある。それはつまり、寺山自身が故郷にいだく相反する印象を強調したものなのだろう。

たった一つの嫁入り道具の仏壇を義眼のうつるまで磨くなり
ほどかれて少女の髪に結ばれし葬儀の花の花ことばかな
濁流に捨てし燃ゆる曼珠沙華あかきを何の生贄とせむ
売られたる夜の冬田へ一人来て埋めゆく母の真赤な櫛を
間引かれしゆゑに一生欠席する学校地獄のおとうとの椅子4

時間と空間

「田園に死す」では、次の歌がもっとも気に入っている5

かくれんぼ鬼のままにて老いたれば誰をさがしにくる村祭

大人になった詠み手が、村祭の日に故郷に帰ってきた。生地せいちにいながらにして感じる孤独感や寂しさと、戻れない子供時代への感情が重なっている。 かくれんぼの鬼である状態が大人になった今まで継続しているというとらえかたは、詠み手の人生に影をおとしている。

イメージには広がりがある一方で、物語としての状況設定は明確で、一読してわかるのもよい。さがしに/くるという句またがりも効いている6

こういった、一瞬のイメージのなかで時間経過をとらえる7ような感覚がある短歌は好きだ。 「田園に死す」所収のものでいうと、ほかにも

干鱈裂く女を母と呼びながら大正五四年も暮れむ

がある8
大正五四年は西暦でいうと 1965 年、寺山が 30 歳であったときだから、ちょうど「田園に死す」をつくっていたころにあたる。過去が引き伸ばされる感覚に、くらりとするような魅力がある。

それに対して

鋏曇る日なり名もなき遠村にわれに似し人帰りきたらむ

には、空間を越えたシンクロニシティがみられる9


  1. 寺山修司「寺山修司全歌集」講談社学術文庫、p337、塚本邦雄の解説。余談だが、スペイン語の b、v はどちらもバ行音で発音する。そのため、Montevideo をモンテヴィデオと転写するのは誤りである。 

  2. 田園に死す-家出節-家畜たち より。 

  3. マジックリアリズム的な雰囲気のうえで、メタ的な展開やタイムパラドックス、母殺しなど、さまざまな要素を詰め込んでまとめ切っている名作である。ラストシーン、新宿駅西口の雑踏で相対する母子が有名。過去の虚構性というテーマについては歌集とも共通するところがあると思う。 

  4. 引用元は順に以下の通り。田園に死す-恐山-悪霊とその他の観察、同左、田園に死す-犬神-寺山セツの伝記、田園に死す-恐山-悪霊とその他の観察、田園に死す-恐山-少年時代。 

  5. 田園に死す-子守唄-捨子海峡 より。 

  6. この歌が最初に世に出たときには「かくれんぼの鬼とかれざるまま老いて誰をさがしにくる村祭」だったようで、こちらを引いている人も多い。わたしは改変後のほうが収まりがよくて好きだ。 

  7. このような営み自体が、芸術の中心的な営みだと考えることもできると思う。タルコフスキーは「水滴のなかに写しだされる世界全体(ちくま文庫「映像のポエジア」、p182)」と言ったし、李禹煥は「テンションの高い刹那的なある場面を、なんらかの方法で構造化して普遍性と持続性を持たせたがるのが芸術家と言っていい(李禹煥「余白の芸術」みすず書房、p140)」とより明確に述べた。 

  8. 田園に死す-家出節-終わりなき学校 より。 

  9. 田園に死す-山姥-むがしこ より。 

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