ピッツェリア・カミカゼ

ピッツェリア・カミカゼ

2024-03-25 2024-03-25

購入

エドガル・ケレット&アサフ・ハヌカ 「ピッツェリア・カミカゼ」 河出書房新社

このビジュアルノベルは、短編小説「クネレルのサマーキャンプ」を原作としている。同じ小説を原作にした映画「Wristcutters: A Love Story1」もあり、わたしはそこからこの作品を知った。

あらすじ

主人公ハイムは、自殺して死後の世界にいる。そこはどうやら自殺者が来るところで、しかし現実世界とあまり変わり映えがしない。彼は自殺してから二日後に、さっそく「ピッツェリア・カミカゼ」でアルバイトをはじめる。夜はバーで酒を飲んで過ごし、そこでアリという男と知り合う。彼はこの世界に両親と弟と住んでいる(「ここじゃ、珍しいこと2」だ)。

ハイムは、生前の彼女であったエルガが、じぶんの後を追って自殺していることを知る。彼はアリをさそって、この世界で彼女を探すドライブに出かける。

その道中で、ふたりはヒッチハイクをしている女性、リヒを拾う。彼女は手違いでこの世界に来たので、責任者を探しているのだという。

ふたりから三人組になった一行は、奇妙な男クネレルのサマーキャンプに招かれる。そこで彼らはかずかずの意味のない奇跡を目撃する。
そのままサマーキャンプで過ごしていたある日、メシア王を名乗る男・ギブのうわさが流れてくる。彼は一週間後、「ちゃんとした奇跡」を行うという……。

自殺者の旅

この作品には道中記としての空気感のよさがある。
主人公ふくめ、登場人物はみな現実世界で自殺をしている。しかし死後の世界でも、アルバイトをしたり、酒を飲んだり、スーパーマーケットに行ったり、もとの世界と変わらない暮らしをいとなむ。生前の悲惨さがリセットされたかわりに、いたって退屈な暮らしだ。
主人公とアリはそんな倦怠感を振り払うように旅に出る。しかしそこで起きるのは、蛇口をひねったらソーダ水が出てくる、ビリヤードでついた球が卵に変わる、などの意味のない奇跡。
このアンニュイな空気、話のなさ3が作品に寓意的な色彩をもたせている。

わたしがエピソードとして好きなのはメシア王・ギブにまつわるところだ。
彼は現世で信者をあつめ、「もうひとつの世界を見つけ」て肉体にもどってくるという離れ技をおこなうために自殺してこの世界にやってきた4。エルガも実は、彼のあとを追って自殺をしていたのだった。

ギブは「ちゃんとした奇跡」を見せると称し、こちらの世界で二度目の自殺を決行する。しかしこちらでも彼が肉体にもどってくることはなかった。

彼の行く果ては、作中で以下のように示唆されている5

2 度も自殺をした人の行くところは、ここの何千倍も鬱陶しいし、行きつく人も少なくて変わり者ばかりです

自殺者があつまる世界を扱っているのにどこかのんびりとした雰囲気の本作において、この挿話はぽっかりと空いた穴のように不穏だ。

映画版の思い出

わたしが映画版をみたのは、神戸に住んでいたとき、元町映画館でのことだ。気の抜けたようなブラックユーモアが全編を覆うさわやかなロードムービーに仕上がっていて、愛すべき作品だった。クネレル役がトム・ウェイツなのも見どころ。
かろうじて DVD はあるけども、動画配信サービスにはないし、自分以外でこの映画をみたことがある人には会ったことがない6

映画版の筋書きも、おおむねビジュアルノベル版と共通している。
大きく異なるのはキャラクターの名前で、主人公の名前はジア7、友人はユージーン8、元彼女はデジレ、ヒッチハイクで拾った女性はミカル9という名前になっている。
ユージーンは特に変化が大きく、ユダヤ人ではなくてギターで感電死したロシア人の設定になった。

エンディングがハッピーになっているのも変更点のひとつだ。
ビジュアルノベル版だと、主人公は「ピッツェリア・カミカゼ」でアルバイトをする生活に戻り、リヒが戻ってくるのを待ちつづける。一方映画版では、現実世界に戻ってきた主人公は病院のベッドの上にいて、横を見ると同じように寝ているミカルと目があう、というロマンチックなものになっている。わたしはこちらの終わり方も好き。

映画版で、主人公たちはトヨタ・カムリのワゴンに乗って旅をする10。色は赤11で、くたびれた感じがたまらない。

この車は作中で「意味のない奇跡」に一役買っている。助手席の下にブラックホールがあって、落としたものが消えてしまうのだ。 このブラックホールはエンディングへのつなぎにも大きな役割を果たしているし、作品全体を通して存在感がある車だ。

参考リンク


  1. 特に邦題はないので人におすすめするときも「リストカッターズ」という映画があって、と説明することになる。この名前があまりすわりがよくない気がしている。口に出すとメンヘラ軍団みたいな響きだ。 

  2. エドガル・ケレット&アサフ・ハヌカ「ピッツェリア・カミカゼ」河出書房新社、p17 

  3. とはいえ、アラブ人とのやりとりのシーンなど、わかりやすい箇所もある。 

  4. 彼は生の世界から解き放たれて「よりすぐれた世界」に到達しようとしていたから、半分ただしくて半分まちがっていた。 

  5. エドガル・ケレット&アサフ・ハヌカ「ピッツェリア・カミカゼ」河出書房新社、p105 

  6. ミニシアターで上映されていたからそんなわけはないのだが、感触としてはこうなる。 

  7. 演じるのはパトリック・フュジット。ちょっと繊細な感じがいい。 

  8. 偶発的駄洒落である。エースコンバット X に「ユジーン・ソラーノ」というキャラクターがいたのを思い出した。 

  9. 演じるのはシャニン・ソサモン。エキセントリックでかわいい。 

  10. 1987 Toyota Camry Wagon [V20]。ちなみに、原作では彼らはフォルクスワーゲン・ビートルのような車に乗っている。 

  11. 赤い車が主役を張るといえば、映画「ドライブ・マイ・カー」の SAAB900 カブリオレが想起される。もっとも、あちらはピカピカだった。 

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