Day Tripper(武田萌花)

Day Tripper(武田萌花)

2024-02-23 2024-02-23 , featured image by Hornstrandir1, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

初台の ICC でこの作品を見た。

《Day Tripper》は,公共交通機関の車両を模した空間で展開する映像インスタレーションです.鑑賞者は椅子に座り,窓の外に流れる車窓風景とともにそれぞれの日常を追体験します.1

終わらない移動

わたしはもとより旅行が好きで、移動時間も好きなほうだ。もちろん旅行の目的地でなにをするかは重要だけども、移動は旅行のより純粋な側面を取り出しているという気がする。移動じたいには特定の意味がないぶん、日常生活から距離をとる性質が強調されるといってもよいかもしれない。

つまりは、終わらない移動は理想化された旅行だ。作意とは違う気もするのだけども、この作品を見て、それだと思った。

《Day Tripper》の椅子に座ると、車窓には日常で目にするような駅や街並みの夜景が流れてくる。日々仕事や遊びを終えて帰るときには気にしないような車窓の風景も、この作品を通して見ると瞑想的に見える。 旅行を旅行で例えるのもうまくないが、海外旅行中の長い電車移動で、することがなくなってぼんやりと外をながめているようないい気分だ。

映画 「2046」も似たようなモチーフをもっている。
木村拓哉が演じる劇中劇の主人公・タクは「なにも変わらない」と言われる場所「2046」をめざして謎めいた列車にのりこみ、ガイノイドと恋におちる。彼は「もうどれくらいこの電車に乗っているのか忘れてしまった」という。
なにも変わらない場所へ向かう列車において、その経験自体が永遠に感じられる。

切り取られた風景

「風景」とは人が意識的に外界を見ようとした時に初めて浮かび上がってくるもので,その境界は非常に曖昧であり,窓の外にたしかに存在していても,私たちが見るようで見ていないならば,それらは「風景」未満の,個別のモノの集合です.1

《Day Tripper》は風景をデジャヴュのように日常生活に再接続することを目指す。たしかに人は切り分けられないものを認識できないし、認識していないものは存在しない。車窓にはそれを区切る機能がある2
歩いていたら、あるいは住んでいたらありがたみを感じないような住宅街や田畑の景色も、車窓を通すことで観察すべき対象として再構築される。つまりは日常の背景が前景化してくる。それは、つねに・すでにそこにあったのに不可視だったものだ。

それは電車の窓から見た景色や、写真でしか見たことのない場所、一度だけ行ったことのある町やなにかと似た気配をたたえていた。私は過去にここに来た、あるいは住んでいたことがあるという気が強くしていたが、それがいつなのか、ましてやその時の具体的記憶があるわけではなかった。3

注意を向ける

風景を再発見する経験は、生命地域主義バイオリージョナリズムにも接続される。
ジェニー・オデルは著書「何もしない」の中で、出身地のクパチーノにあるサラトガ小川クリークをさかのぼってみたときの体験を語っている。川床から見上げると、よく知っているはずの風景でもよそよそしく奇妙にみえたという。

人工的なメイン・ストリート・クパチーノとは違い、クリークは誰かがそこにつくったからその場所に存在するのではない。生産性を目的としてその場所に存在するのではない。便利な設備だからそこに存在するのではない。そのクリークは、人類登場以前から存在する分水嶺を見守り続けてきた。その意味で、クリークは私たちがシミュレーションの世界——製品、結果、経験、レビューが流線形に並ぶ世界——に生きているのではないということに気づかせてくれる。私たちは、古来存在する湿り気をおびた地下世界的なロジックに沿ってほかの生命体が活動する、巨大な岩盤上に生きているのだ。4

車窓からの風景も、それらがしばしば人間の営みの結果であるにもかかわらず、このような性質をもっているように思える。 窓ごしにみえる街並みが人工物だとしても(さらに言えば鉄道の運賃を払っているのだとしても)、それらをただ眺める体験は経済の論理から切りはなされている。ショッピング・モールを歩きまわるときのように、すべてが経済行動のために「流線形」に成形されてはいない。
つまりは、自分で選ぶわけでも、誰かにデザインされたわけでもない世界にいられるのが重要なのだと思う。それは旅行じたいの楽しみとも共通している。

ずっと以前に、散歩にでかけて洗濯挟みの転がる通りを抜けたり、歩み入ると、そこにテーブルがあり、例えば電話と空の花瓶が上にのっていて、するとほんのひととき自分の決めてはいない世界に私はいた。5


  1. エマージェンシーズ! 045  武田萌花「Day Tripper」  2

  2. なにしろ「世界の車窓から」なんていう番組が成立するほどである。 

  3. panpanya「足摺り水族館」1 月と 7 月 、p186 

  4. panpanya「足摺り水族館」1 月と 7 月 、p200-201 

  5. 図録「マーク・マンダースの不在」HeHe 

# art # travel